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本当に自由な生き方

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本当に自由な生き方

「一度しかない人生、せっかくなら自由に生きたい」
私を始めとして多くの人が人生を生きる中で一度は想うことではないだろうか。
凡人として少しばかりの自由を体感した私は声を大にして言いたい。
「あなたは誰にも何にも縛られず自由に生きるべきだ」

自由奔放なライフスタイル

自由奔放なライフスタイル(海外旅行)

自由な人生といえば、あなたはどのような人生を思い浮かべるだろうか?
自分がやりたい仕事に就き、朝は9時くらいに起きて寝たい時に寝る。週に一度は高級フレンチや割烹料理を食べ、Louis VuittonやGUCCIのバッグも一つくらいは持っておきたい。愛する恋人や家族と月に一度は旅行に出掛けて…など。

私は実際そのように解放的なライフスタイルに憧れを抱くし、それを実現するためにお金を稼ぐことを疎かにはできない。

しかし、一方ではその憧れを実現したとしても
心の底から「自由な人生を生きている」とは言い切れない気がしている。

自らをもって由となす

束縛からの解放。自由な人生。

多くの辞書には自由とは「強制や束縛を受けずに気ままにふるまえること」と定義されており、自由の語源である「liberty」(freedom)も”束縛からの解放”を意味する。

もう少し踏み込んだ話をするなら「Liberty」という英語を初めて日本語に訳した福沢諭吉先生は”自らをもって由となす”と訳したそうだ。

名著『学問のすゝめ』(福沢諭吉,1872)には
「自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざればわがまま放蕩に陥ること多し。すなわちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。」

とあり、つまり自由とは
「わがままとは異なり道理と情に従って生きる中で達するべきものだ」と定義できる。

元々「liberty」も奴隷や植民地が存在した西洋の歴史が起因しているため、そのような背景も踏まえると、「束縛からの解放」というよりは

「志を持ち、道理と情に従って、自らに行動の由縁を置く生き方」が自由という言葉の本質的な意味だと理解していただけるだろう。

最後に

志を持って道理(真理)と情に従って生きる

私たちは「解放的な生き方をして衣食住を満たすこと」≠「自由に幸せに生きる」ということを潜在的に知っている。
なぜなら多くの経済的な成功者だと言われる人でさえ「自分探し」をしているという現実を目の当たりにしているのだから。

世界的ベストセラーでロングセラーでもある『聖書』の中にも「真理はあなたがたに自由を得させる」(ヨハネ福8:32)という記述があるように

ただ束縛から解放されて自分勝手に生きるのではなく、志を持って道理(真理)と情に従いながら生きる人生こそ「真に自由な人生」であり、幸せな生き方ではないだろうか。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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